「三題噺」部屋

パソコン、歌手、心臓 - 蓑坂

2010/08/24 (Tue) 21:20:58

第二十六回目のお題らしいです。

心音 - 蓑坂

2010/08/24 (Tue) 23:01:30

歌い手。
ある動画共有サイトに、自分で歌ったものを上げている人の総称。
かなり大雑把な説明だが、結構的を射ていると思う。
その歌い手がどうかしたのかという話だが、どうもしてない。
ただ、僕が好きな歌い手さんがいるというだけだ。
何を好きになったのかは不明だが、とにかくその人が好きだった。

その歌い手さんに出会ったのは(出会ったといっても、会ったわけでもなく自分が見つけただけなのだが)勿論パソコンの中でだ。
適当に動画を見て回っていたら、偶然そこにいたのだ。
聞いてすぐに好きになった。
理由なんてなかった。

さて、そろそろ現実に目を向けよう。
確かに今までのも現実なのだが、より身近な方へということで……。
僕は今、何故か女の子と二人きりになっている。
全く予期せぬ展開だった。
それは、僕が文化祭の準備をさぼって屋上に上ったことに起因する。
というか、それがすべてだ。
屋上に行ったら女の子がいた。
ただそれだけ……のはずだった。
「あなたの心臓の音、聞かせてくれない?」
「は?」
「だから……」
「いや、言いたいことは理解したよ。でも、何で?」
「聞きたくなったから。私、心臓の音聞かないと死ぬ病なの」
「へえー。そりゃ大変だな」
「あ、聞かせてくれるの。ありがとう」
「おい」
どん。
体当たりの音だ。
倒れた僕を引っ張り起して、心音を聞こうとする。
もう、どうでもいい。
どうにでもなりやがれ。
しばらく、放っておくことにした。
心音なんて聞いて楽しいのだろうか。
甚だ疑問だ。

「ふうん」
「何がふうんなんだ?」
「いや、だからふうんって感じだなーって。普通ね」
「…………」
もはや返す言葉もない。
この、おかしな少女は屋上に置いておいて、僕は自分の教室に帰ろうかと思いだす。
「なぁ、お前何でこんなところにいるんだ?」
「そっちこそ。文化祭の準備をしなさい。準備を」
僕は話す気力を失って、屋上を後にした。

それから数日というもの、彼女は僕を見つけては追いかけて来た。
同級生らしい。
全く知らなかったが……。
大体、入学したばっかりで何も知らない一年を、いきなり文化祭で迎える学校ってどうよ。
何もかもがひどすぎる。
入学したばっかりと言っても、ゆうに3カ月は経っているが……。
「また来た」
必死に逃げる。
周りは文化祭の準備で忙しいらしく、こちらには注意を払わない。
そういう事情がなかったら、面倒臭いことになっていたに違いない。
明日もまた、逃走する日が続くのだろう。

携帯電話は便利だ。
とっても。
ネットに繋いで好きな歌い手さんの動画に行く。
僕の通っているこの学校は、携帯電話は禁止だ。
ここは屋上。
先生が来ない場所ランキングで1位を取りそうな場所だ。
煙草の吸い殻も落ちてないということは、本当に先生は来ないのだろう。
話を戻して、動画だ。
そして、画面に表れた文字を見て僕は膝から崩れ落ちた。
「うわっ」
後ろで女の子の声がする。
でも、それどころじゃなかった。
「どうしたの?大丈夫?」
何か言っているようだが、全く耳に入って来ない。
「どうしたの?」
ドウシタノ?ああ、どうしたの?か。
僕は、携帯を彼女に突き出す。
そこには、12時33分死去の文字が映っていた。

しばらくの間、僕らは無言だった。
「ねぇ…………泣いていい?」
誰に問うたのかは定かではないが、僕の口から零れ出た言葉は、それだった。
それからはただ、僕の静かに泣く音だけが響いていた。
しばらくの沈黙の後、彼女が口を開いた。
「泣いちゃだめだよ。泣いたら、悲しいこと、辛いことも洗い流してくれるけど、楽しかったことや、思い出なんかも流れ出ちゃうんだよ。だから、泣いちゃだめだよ……」
「いまさら……」
いまさら言われても困る。
もう泣いちゃったんだから。
仕方なく、涙が止まるのを待つことにした。

僕の涙は、こんなにもあったのか。
それから僕が泣き止むのに、数十分かかった。
僕が泣き止んだところで、彼女が口を開いた。
「あなたの心臓の音、聞かせてくれない?」
僕の返事を待たずに、耳を近付ける彼女。
ドクン。
僕の心臓は、まだ動いているようだった。

禾彳ム皮 - 科挙

2010/08/31 (Tue) 22:39:31

自分という存在を示すのに必要な物は(分かっているかどうかは別にして)各々持っていると思うが、「私」は自分という存在を認識した時から自分の存在は「彼」無しでは成り立たないと信じていて、「彼」もまた同様であった。しかし皮肉なことに、私たちは互いを酷く憎んでいたので相手の存在を破壊したいと思っていたのもまた事実である。
そのことは私たちが慕っていた「師匠」が興味深そうに、こう評したことを覚えている。
「二人で体外に出た一つの心臓を共有していて、それを互いに鷲掴みしているみたい」
そう、全く持ってその通りである。その指摘がまた互いに更なる憎悪を沸き起こさせたのは言うまでもない。

「私」と「彼」が慕っていた人間は「師匠」だけであったが、許容できる人間、となると存外難しい。「師匠」はあくまで慕っているのであって、むしろ感情的に「私」と「彼」を下に見る(と言うより見せる)「師匠」は、慕っているがゆえに嫌悪の対象であった。

強いてあげるとするならば、やはり「詐欺師」であろう。
学校の同級生だった「詐欺師」は決して特別突出した人間ではなかった。
だが、奴は「私」と「彼」との関係の本質をある程度正確に突いた人間であったということを鑑みると、実に大した奴と言わざるを得ない。
学校において一番嫌悪感を抱いた人間は(腹立たしいことに少なくない人数がこれであったが)「私」と「彼」を友好な関係を持っていると思う者、酷い奴で私たちを恋仲であると信じ込んでいた者であった。
「私」と「彼」はそのような人間を除外していき、残ったのが「詐欺師」であったというわけだ。
奴は私たちが最も嫌悪することを実によく理解していた。
そう、「互いにおける共通認識」である。
「私」と「彼」は互いが同じ意見を持つことを何よりも嫌っていた。肉体面はむしろどうでもいい部類であり、実際「私」と「彼」は、高校に入ってから、時折性交を行っていたくらいだ。その時、「彼」は「私」を自分の欲望を入れ込むただの器であると思っていただろうし、私にとってもその時の「彼」はただの棒である。
話を戻そう。
「詐欺師」はまず、「私」と「彼」が共にいるときは全く接触しなかった。何時、いかなる時でも、である。
どちらか片方になったとき、初めて接触をするのだが奴は驚くほど自分を使い分けた。
一例を挙げると、
「彼」といる時には夢は歌手。
「私」といる時には夢は教師。
実際「彼」は「詐欺師」は勉強を教えるのは下手と言っていたし、「私」からしてみれば、奴が歌手になるなんて、と思うくらい「詐欺師」は口笛や鼻歌が下手くそだった。
露骨だったためにカラクリはすぐに解けたが、後々、生年月日まで別の日を教えていた事が発覚するのだから、もはや多重人格者である。確かに「『詐欺師』は許容できる」という共通認識も私たちが持ってしまったのだから不完全ではあったが、その徹底的な姿勢は「私」と「彼」が奴を許容するには十分すぎた。

しかし、やはり「詐欺師」が優秀であっても「私」と「彼」にとって「師匠」は特別であった。
「師匠」は「私」と「彼」の先輩であった。人生の、である。
「師匠」にもかつて「私」と「彼」のような関係を持つ人がいたらしい。
その人を失っても飄々と(本当に無理せず)生きることが出来る「師匠」が羨ましかった。何が何でもこの人についていって、「彼」を殺そう、と思った。無論、「彼」も。
だから、「師匠」と共にいるのは自動的に「彼」がくっついてしまうのでかなり憂鬱であった。「師匠」は私たちに共通認識を植え付けさせることが自然と出来る人だったし、わざとやっている風であったから余計に腹が立った。
「師匠」は特に何も言わなかったが、「私」にとって「師匠」が与える苦行は「彼」無しにいかにして「私」を保つか、という命題への考察であった。
一方で、「彼」にとっての「師匠」の苦行はいかにして「彼」を「私」から別のものへ置換できるか、と言うことであったらしい。
私たちは、とにかく戦い続けた。
「詐欺師」を許容してから、この戦いは激化した。
そして。


「おめでとう、第一段階クリアーだ」
「師匠」はこちらを見ずになにやらパソコンを打っている。
「私」は、茫然自失していた。
聞こえるのは何だかどこかへひたすら落ちる音。
ぼっかりと穴が開いて、何かが欠けた。
尊厳なんて物ではない。
「私」は「私」だ。
「私」は「私」か?
「わたし」は「何」だ?
「wts」は「kdさ・だあ」?
「師匠」がいつの間にか私の目の前にいた。パソコン画面が淡く光っている。
どこだ?「kds」は?「dkgmlさ」?
私は、叫ぶ。
「どこ!?何よ!?『dlさ。』は、どこ!」
「師匠」にしがみつく。
彼は何かを呟いてから、「lhfj」に囁く。
「『君』はこのナイフの切っ先を通して見られる」
ナイフが「tvr」に突き刺さる。
何かが流れる。それと引き換えに「私」を取り戻す。
嗚呼…。
慣れていた感覚が蘇る。吐き気がしてきた。
それでも息をついて、安堵する。そのことに憎悪を覚える。
結局。
「私」は「彼」を、取り戻した。
恐ろしい遠回りをして、還ってきて、また、「私」は同じ道を行くかもしれない。
それでも、今だけは。蘇る吐き気も、憎悪もこらえて。

「おかえり」

体なき世界 - Michiya

2010/09/06 (Mon) 22:25:17

「いつから人は心臓を必要としなくなった?」
「貴方がそうしてから。」
「いつから人は肉体を必要としなくなった?」
「貴方がそうしてから。」
「何故、君達は…。」
「答えは簡単です。ヴァーチャルリアリティ機能があがって、私達はいわゆる肉体を必要としなくなった。」
「だったらどうやって子孫が繁栄していくんだ。」
「私達はただの肉体が残したデータでしかない。脳の残したデータだけ。人は増えも減りもしない。」
「人間は子孫繁栄を諦めたと?」
「諦めるも何も、必要なくなったんです。」
「…私が目指す未来はこんなものではなかったはずだ。」
彼は嘗ての恋人のデータに問いかける。
「君は歌を歌わなくなったのか?」
「データの中には私が歌手であったとはありますが、声帯もない私達には歌は存在しない。ただ、脳波で感じるリズムがあるだけです。」
「君はそれで幸せか?」
「私にそれを問いかけてどうするのですか。貴方が作り、貴方が目指した世界でしょう?…唯一、この世界で肉体と心臓を持つ人間の貴方が、それを聞くのですか?」
「…愚問だったね。」
プツン、という音と共に彼は旧式のパソコンから解放される。
もう、この世界には、彼以外、肉体を持つ者はいなくなった。

死んだ恋人を生き返らせたかったから、生きていてほしかったから、とまだ脳は生きている時に脳を取り出し、彼は電子世界につなげた。
そして世界中に瞬く間にそれは広がり、彼以外の人間は肉体を捨てたのだ。
「これが、私の目指した未来だったのか」

彼の作った世界は果たして幸せだったのでしょうか。

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